ダナキル最終日

早朝5時頃

 

朝日を見るため起床
もう一度火口付近へと向かう

 

 

 

昨日は暗くて分からなかったけど
立っていたのは数年前に溢れ出た新しい溶岩の上だったらしい

 

 

 

 

 

 

朝の火口からは
もくもくと噴煙が出ている

 

 

 

 

 

改めて思うけど一歩間違えれば火口に落ちて死亡だなぁ

 

 

 朝日はまぁ、、普通だった笑

 

 

 

その後キャンプサイトに戻る

 

 

昨日寝たのはこんな感じのただの地面にマットレス

 

 

 

 

風向きの問題だったのか

なんか体硫黄臭くなった気がする

 

 

 

 

そこからまた一時間かけて車まで下り朝食

 

 

 

 

 

 

その後最終日に向かったのは塩湖と温泉

 

 

まぁ温泉っていってもこんな感じの泉?

みたいなもので温度が高くて暑かった

 

 

 

 

 

塩湖も泳げるんだけど死海で浮遊体験したし
暑いし疲れてるしでほぼ日陰で休んでました笑

 

 

 

その後は移動、昼飯、移動で街に戻り
ツアー終了!

 

 

 

三日目全然内容ねぇな、、笑

 

 

 

まぁメインどころは終わって

個人的に消化試合感は否めなかった

 

 

 

そんなこんなのダナキルツアー三日間

 

 

 

昔に比べて道とかも良くなってるからなのかもだけど
思ったよりは過酷ではなかったかな

 

 

まぁシャワーも浴びれないし、トイレ野○そだし、野外で寝てるし

通常の人より感覚狂ってるだけかもだけど笑

 

 

あと道は良くなってきてるかもとは言っても
くねくねしてるとこをスピード出して飛ばすし

 

オフロード多くてガタガタするしで

車酔いしやすい人には地獄かもです

 

 

 

エルタアレの溶岩湖は見れなかったけど

それでもダロル火山然り他では見られないような景色がたくさんのツアーで良かった

 

 

 

エルタアレの溶岩湖が再び見られるようになるのはいつなんだろう、、

 

 

数年後か数十年後か

 


いずれにせよ火山活動が活発化して溶岩が溜まらないと
以前のような景色にはならないんだろうな

 

 

まぁそのときに前と同じように火口に近づけるかは分からないけど

 

 

 

そういえば二日目のエルタアレの火口に行く直前


ガイドの人がこのツアーの現状について話していた

 

 

 

実際自分達の乗った車もそうなんだけど

火山のベースキャンプに向かう途中車が停められ


何か交渉をしているようだった

 

 

 

ガイドの人曰く

その地域に住んでいる部族の人達が人を通すのを渋り

 

火山に向かうためにツアー会社はその人達にお金を払っている時もあるのだとか

 

 

また場合によっては通れなくて引き返すケースの日もあるのだとか

 

 

政府も何とかしようとしているらしいがまだまだ

 

 

これが自分達の置かれている現状だ

 

 

といった内容だった

 

 

確かにツアー会社の人達も
観光客のために色々頑張っていて大変だな

 

 

と思った一方で

 

 

 

そもそも土地の管理や権利ってどうなっているんだろうとも思った

 

 

エチオピアは80以上もの民族がいる国だし

 

自分達日本人にとって土地の納め方など感覚はいまいち分かりづらいけど

 

 

もし昔からその民族の人が土地の管理をしているのならば

 

 

こういったツアーで観光客を連れて行く際に


何か制度みたいなのも必要な気もする

 

 

実際火山の麓や火口のすぐ近くにも集落があったりで

人々がそこで生活をしていて

 


自分達はそのスペースに立ち入っているのだから

 

 

その人達がお金を求めるのも分からなくはない気もする

 

 

まぁ結局国としてそういったとこが曖昧なんだろうな〜

 

 

 

ただがっつり中国企業の協力の元
でっかい道路作ってるのは大丈夫なのかよとは思った笑

てなことを感じました

 

 

 

まぁあくまでも一ガイドから聞いたことだし

全てを鵜呑みにはできないんだけどね

 

 

とりあえず国によって色々な事情があって

大変なんだということは分かった

 

 

メケレのレストラン帰って写真見ながら

これはスープ?って確認して注文したのに

 

 

来たのはこれ笑

 

 

 

 

しかも注文したパスタ忘れられて来なかったし

 

これがエチオピアですね

 

 

 

そしてメケレの街からアディスアベバに戻るバスの時間は

深夜2時半発笑

 

 

夜行バス禁止っていいながら
ほぼ深夜じゃん笑

 

 

ここからまた15時間の移動

 

 

結局一番過酷なのはツアーそのものよりも

ツアー参加するためにメケレに向かう往復のバス移動でした

 

 

 

次回はエチオピア南部
民族巡りへと向かいます